<< 参議院選挙見送り決定とお詫び                 魚谷哲央 | main | 裏切り論 切り捨て論 (飯ヶ谷裕司) >>
ある、英雄の言葉。                      本山貴晴
人気ブログランキングへ
わが国は戦後、久しく英雄を生まなかった。その中で、私がただ一人の英雄と崇めるのが三島由紀夫である。三島由紀夫に対する歴史的評価はいまだもって定まっていない。それは、三島の死がまだ人々の記憶に生々しいからではない。三島が死をもって問うた、その問いに日本が答えていないからだ。

三島由紀夫の自決を文学的に解釈する試みはくどい程に繰り返された。そこで導き出された解に、一片の真理もなかったとは言わない。しかし、多くの場合そのような解釈は三島由紀夫の叫びの本質を誤魔化すために援用された。人は、見たくないものは見なくて済むし、聴きたくないことは聴かないでおくことができる。

私はここで批判を懼れずに書くが、三島は日本の独立を希ったと考える。1960年代、反安保運動の嵐が日本に吹き荒れたが、学生たちの反米心を扇動したのは紛れもなく東側の工作活動だった。一方で、安保体制への依存を強めることが日本の実質的独立を遠のかせるであろうことも自明だった。

その時に生まれたのが、右派学生運動であった。著名な作家であった三島由紀夫は、学生とともに楯の会を結成し、東側の工作活動に対抗するため軍事訓練を行った。そして間接侵略の危機的情況を逆手にとって、一挙に日本を独立させる構想、具体的には非常事態宣言下での憲法改正を構想した。

そのためには何としても自衛隊の協力が不可欠だった。とくに三島の計画には、自衛隊の情報組織が関与せねばならず、彼らもまた、憲法改正を望んでいた。クーデターは、実行されるはずであった。しかし東側の間接侵略は成功せず、日本では革命も、クーデターも起きなかった。間もなくアメリカ的なるものが全世界を覆い尽くした。

三島に共感した右派学生運動は、後に新右翼と呼ばれるようになる。彼らはヤルタ・ポツダム体制打倒を掲げて運動を継続した。ヤルタ・ポツダム体制はそのまま日米安保体制と読み替えることもできる。すなわち、戦後体制である。
戦後体制の打倒とは、日本のほんとうの独立をめざすということと同義だ。

オレンジ色の制服に身を包み、日本刀を携えて、あのバルコニーから三島由紀夫が戦後日本人に問うたのは、まさしく日本民族の独立についてであった。その後も日本人は独立のために戦うことはなかった。一部の政治活動家たちが、国民運動を展開し、あるいは選挙に挑み、あるいは教育に挺身し、あるいはテロルに走った。

まぎれもなくわが党には三島の血が通っている。私は今夏の「断念」に抗する手段を失ったとき、まっさきに三島由紀夫の「遺書」を憶い出した。その一節にこうある。

   今時の青年で、諸君のやうに、純粋な目標を据ゑて、肉体的辛苦に耐へ
   抜いた者が、他にあらうとは思はれない。革命青年たちの空理空論を排
   し、われわれは不言実行を旨として、武の道にはげんできた。
   時いたらば、楯の会の真價は全国民の目前に証明される筈であつた。 
   しかるに、時利あらず、われわれが、われわれの思想のために、全員あ
   げて行動する機会は失はれた。日本はみかけの安定の下に、一日一日、
   魂のとりかへしのつかぬ癌症状をあらはしてゐるのに、手をこまぬいて
   ゐなければならなかつた。もつともわれわれの行動が必要なときに、状
   況はわれわれに味方しなかつたのである。

こういうことを書くと、人は嗤うかも知れない。われわれは、権力者の側から見れば、吹けば飛ぶような小さな政治勢力である。しかしわれわれは、国民に向かって叫び続けることを、止めることはない。日本人が自由を獲得し、誇りを恢復し、平和を達成するためには、独立へ向かって歩まねばならないからだ。

戦いの方法は一つではない。最終的な勝利へ向けて、改めて戦うべきときが来たことを知らねばならない。

                    (もとやま・たかはる)新風福岡

人気ブログランキングへ
| SHIMPU + COLUMN | 17:36 | comments(2) | - | pookmark |
スポンサーサイト
人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ
| - | 17:36 | - | - | pookmark |
コメント
三島が面白いのは、左翼デモが徹底的に盛り上がり、警察力では対応できない状況になった時、「国軍としての自衛隊」が軍事鎮圧に出る、その時にこそ、国を守る軍隊、すなわち「国体」がよみがえるという思想性ですね。

これが文筆家の枠を越える発想か、民間人の私には分かりませんが、あくまで保守革命に本気だった三島由紀夫という人物に、敬意を表します。
| 通りすがり | 2010/06/08 3:52 PM |
あの場で自衛隊員が三島氏を射殺して居たら?三島氏は本望で有ったと今でも思います。ヤジを飛ばす自衛隊員に彼は幻滅、切腹したのではないでしょうか?

個人的には今でも国軍が「混乱」を鎮圧主力として日本軍の再興を願っています。
残念ながら現在の日本人の殆どは、旧軍の良い処を殆ど見て居ないで、マスコミの軽薄な日本軍史観で見ているのです。
| 猪 | 2010/07/31 8:47 AM |
コメントする









メールマガジン登録

メルマガ登録はこちら

政治ブログランキング参加中!

新風全国青年部公式twitter

記事カテゴリー

新着記事

過去記事

WINについて

QRコード

qrcode

CALENDAR

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

SPONSORED LINKS

お薦め商品

お薦め商品

お薦め商品

RECENT COMMENT

  • 驚くべき実態 ― 支那人の脅威(高野義徳)
    愛国者 (11/19)
  • 里見岸雄『国体に対する疑惑』を読んで (高倉和也)
    管理者 (03/13)
  • 里見岸雄『国体に対する疑惑』を読んで (高倉和也)
    叛逆のくりぃむ (03/10)
  • 反面教師としての李氏朝鮮 (本田和隆)
    シコウ (08/21)
  • ある、英雄の言葉。                      本山貴晴
    猪 (07/31)
  • ある、英雄の言葉。                      本山貴晴
    通りすがり (06/08)
  • MEETING  新風青年部座談会 「私が新風に入った理由」
    ケータイ (04/08)

関連サイト

記事検索